快走じじいの回想録

北の大地、南の島 旅の思い出をゆる~く。・・・時々今

2024年 春の旅 23日目(4月7日)

九州彷徨い道中記 23日目

 

道の駅 黒之瀬戸だんだん市場で目覚めた。

こんなオブジェがあるくらい魚介類が豊富な道の駅

「生魚」安くて新鮮が一番て言うじゃない

でも、旅人は調理できないですから~、残念。

(↑最近パクリがち)

 

 

今日最初の訪問地へ

長崎鼻灯台 到達

九州は、長崎県以外でも「長崎」と付く灯台名が多い気がする。数えてないけど。

到達した時はまだ灯が入っていた。

なぜか?モアイ像が、

天気の良い日に再訪したい灯台がまた増えた。

 

 

次の訪問地へ

阿久根港倉津埼灯台 到達 車を停めた魚港から9分かかった。

照射灯併設

訪問時は小雨が降っていた。

照射灯の灯器が良く見えた

標柱も見えた

 

 

次の訪問地へ

串木野灯台 2009年11月27日 現役引退 お疲れさまでした。

 

串木野灯台が現役の頃は、照射灯も併設されていたが灯台が引退したので「照射灯」が分離独立した。 番頭さんが年季が開けて店を持たせてもらうような感じか?(違います)

串木野港三瀬照射灯 到達

到達といってもほとんど同じ場所なんだけど・・・灯塔が別なので。(^^;)

ここも灯器が良く見えた。

レーザービームを出しているところを見たいが、早寝早起きの爺さんにはつらい😢

標柱も見えた

 

 

次の目的地へ行く途中で

田植え中の農家さんを見かけた。

越後の田植えより約1ヶ月早い。 おいしいお米にな~れ

農業の就業年齢がどんどん高齢化していてやがてその人たちが引退したら米作りの担い手がいなくなり、唯一の自給率100%の「米」も輸入に頼らざるを得なくなる。という予測もあるようだ。 うんと昔「貧乏人は麦を食え」と言った政治家がいたようだが、昨今の円安では「麦」も食えなくなるかも?  6月20日のニュースでは「菅前総理と茂木幹事長がステーキ屋で会食した」と伝えていたが、昼間っからステーキ食うから「政治に金」が掛かるのだ、コンビニのおにぎりで十分だろう(彼らが行ったステーキ屋は、い〇なりス〇ーキとかの庶民派ステーキ店では決してないだろう、料理長が直々に焼く前の生肉を見せて「今日は松〇牛のいい所が手に入りました」とか言われて「お任せします」とかって言うんだろう 知らんけど)

おっと、もうこんな時間か、どこかで昼飯のパンでもかじるか?

 

目的地に到着

片浦港灯台 到達

防波堤に建ってるけど分類上は防波堤灯台では無い。

初点記念銘版を探したが無かった。代わりに付いてたのがこれ、

「片浦漁港修築工事 防波堤延長二七七m  昭和九年参月竣工 鹿児島県」

片浦漁港の様子

 

 

次の訪問地へ

・・・と紹介する前に、大失敗の話をもう一度。

「2024年 春の旅」ブログの初回の方で告知した大失敗。

計画では、この先の「薩摩野間岬灯台」まで行く時間が無く一旦夜間休息地へ戻る計画を立てていた。その計画に従って行動したが為に、明日の訪問予定の「薩摩野間岬灯台」へ行っても時間的には十分だったにも関わらず一旦戻った。 なので先ほどの田植えをしている傍らを2度往復し、えらい無駄走りをしてしまった。

 

旅日記へ戻って次の訪問地へ

万世特攻平和祈念館 訪問

陸軍最後の特攻基地として作られた万世飛行場跡地に建つ

飛行場として使われたのは4か月だったが、その4か月の間に少年飛行兵を含む201名がここから沖縄へ向けて飛び立った。

戦艦大和が坊ノ岬沖で沈められた後も飛び立って行った。

というか、沈められた後の方が「特攻」の出撃回数、人数が増えている。

沈められたことを知ってか、知らされずか 南の空へ

合掌

 

近くの吹上浜沖 600m、水深5mの海中から引き揚げられた 零式水上偵察機

引き揚げられた当時の姿のまま展示されている。

わが国に現存する所在が判明している唯一の機体である。

 

・・・ここで、ようやく気が付いた 今日中の「薩摩野間岬灯台」の訪問も可能だ。

 

今来た道を引き返す。

田植え中の農家さん 「あれ~ あの車さっきも通ったんでね~か?」

 

今日最後の訪問地

薩摩野間岬灯台 到達 車を停めた所から24分かかった。

 

野間岬は「鎌」のような形で突き出している岬

昔は、風力発電機がいくつも建っていたらしいが、今は一つも無い。

野間岬 遠景

風力発電機が建っていたので道は良い。

しかし、これ以上は道幅も狭いのでここに停めて歩く

歩きだして7分 何と! 車が停まってた。しかも2台も

失敗した、ここまで車で来ればよかった。

灯台から帰る時に帰り支度中の車の人に出会う。ふきや海岸へ降りられる道があるようで貝もたくさん持っていた。

しばらく歩くと舗装が無くなった

ぬかるみもあったが、轍が2本 ここまで車で来る人もいるのか?

運輸省敷地と刻まれた杭があった。舗装が無くなった所から4分

ここから灯台まで8分かかった。

 

 

この後、同じ道を戻って今日の夜間休息地へ向かった

今日は、雨も降ったしほとんど曇り。

九州での空模様の記録

 晴れの日   7日

 曇り、雨の日 13日

明日「晴れ」なければ、ダブルスコアの瀬戸際

太陽の女神はどこに行ってしまったのか?

 

 

次に向かうのは、あなたの街かも?

あなたと一期一会できたら\(^o^)/。

 

最後までお付き合いありがとうございました。

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では、また次回にお会いしましょう。

 

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