あったてんがの
これは、2015年に北海道の主に沿岸部を一周した時の思い出話です。(古!(^^♪)
今日は、現 網走刑務所に繋がる網走監獄の食料自給自足の話です。
旧網走刑務所 二見ケ岡刑務支所(現 網走刑務所 二見ヶ岡農場)
食料自給自足目的の農園刑務所として開設。
現在も農場として網走刑務所の食料を賄っている。
春の畝起こし。
秋のはざ掛け(刈り取った麦、稲の天日干し)
麦、大豆などの穀類、馬鈴薯、たくわん用の大根など野菜も自給自足。
大豆から味噌、醤油も製造。
網走で稲作が盛んになるのは、大正の後半からのようだが、昭和6年から4回にわたり冷害に見舞われて稲作を諦める農家も多かった。
網走監獄では、昭和3年から稲作を始めた。との記録があるが収穫量的には厳しかったと思われる。
稲は、もともと東南アジアなどの温かい地方の作物なので、網走ではちと気候的に無理があるのでしょう。
農機具用の倉庫
ひと桶に3,000本のたくわんを漬け込んで冬の食料に。
いかに桶が大きいか分かるでしょ。
二見湖畔神社 春に五穀豊穣を祈願、秋に豊作を感謝。
採れた野菜を
調理して、飯も炊いて。
いただきます。
実際に所内に掲示されていた「寮訓」
食事のサンプルがありました。 飯の量に差があったみたい。良い子は多め?
え~! 豪勢やな~と思ったら、「正月の特別メニュー」だそうです。
説明には無いが、この頃の飯は「麦」と思われる。
刑務所内の実際のメニューが貼ってあった。
栄養のバランスもよさげ。完璧にじじい家の献立が負けてる。(´;ω;`)ウゥゥ
網走監獄に限らず各地の監獄では、塀や建物を作るためのレンガも作っていた。 パチリは、レンガを焼くための登り窯。
>>自分を閉じ込めるためのレンガを焼く囚人の心やいかに。 先に罪あり。
お土産に「ニポポ」はいかがですか? じじいも訪問記念に買ってきた。
売店 ニポポ以外にもお土産品がいっぱい。ドリンクもOK。
体験試食もできます。 値段は、変わってるかも?
だれ? 俺がお世話になっていた頃とメニューがちっともかわってね~な~って言ってるのは。
じじいが立ち寄った時は、サクランボがいっぱい実ってた。
まだまだ、紹介しきれていないが、最後に「明治の囚人達に課せられた重要な作業」を紹介。
もともと、その作業の為に釧路監獄署 網走囚徒外役所(後の網走監獄、その後網走刑務所と改称)が作られ、囚人(作業者)として、無期懲役などの刑期が長い者、反明治政府の思想犯など1300人余りが送り込まれて、北海道開拓のために原野を拓き道路を作る作業に強制就役させられた。余りの過酷な作業の為に命を落とした囚人も多い。
工事が進めば現場も移動する。それに合わせて寝泊まりする小屋も移動(下のパチリ)
今、あなたが走っている道路も、元は囚人たちが汗水流して、場合によっては命まで落として作った道路かもしれません。囚人と言えども先人の苦労に感謝。
どや、網走監獄のこと。ちったあ 分かってもらえたかの~
なに~ まだよう分からん?・・・
だったら遠慮せんでいつでも来いや、わしが案内してやる。
待ってるからよ~。
早く来ないと、迎えに行くぞー。そん時は覚悟せいや!
『馬鹿を 馬鹿を承知の この稼業
赤い夕陽に背を向けて 無理に笑った渡り鳥
その名も 網走番外地』
(網走番外地 作詞 矢野 亮)
次回は、世界自然遺産 知床 ・・・ の予定。
いっちゃぽ~んさげた
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